解説戦後という時代

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美空ひばりが、昭和という時代を代表し日本歌謡界の女王として、君臨するようになった背景には「戦後」という特殊な時代が、大きく関係しているようです。

戦後60年経った現在、昭和時代に、戦争があったことさえ忘れ去られ、風化してしまっているような、平和な日々が続いています。しかし、昭和初期の長い間、日本国民が精神的、経済的、肉体的犠牲を伴った戦争が、あったからこそ今日があるということを、忘れてはなりません。

長く辛い戦争の日々、それが終わったことによる影響は一体どのようなものであったのでしょうか。

昭和20年の敗戦からの数年間、人々の生活はとても不自由でした。
食料の飢餓だけでなく、あらゆる物資の不足、戦時中よりも、むしろ不便な生活を強いられていたようです。

しかし、日本国内は、GHQ(連合国最高司令官総司令部)による占領が続いていながらも、国民は、戦時中とははるかに違う、精神の自由を得ました。人々の心の中は、嵐が過ぎ去ったあとの、清々しい晴天が広がっていて、解放と自由を肌で実感していました。

焼跡の中にも青い空が広がり、やっと国民が明日への希望を持てる時代がやってきたのです。
美空ひばりDVD:昭和の歌姫「美空ひばり」思い出のあの曲を:戦後という時代
美空ひばりの「美空」は、父、増吉が作った楽団の名前からとったものですが、「美空」と命名したのは、母、喜美枝でした。青い空、「美しい空」というネーミングは、やはりこの時代の人々の心を、象徴していたに違いありません。

そして、戦後が誰もが希望の持てる時代、可能性を信じる時代だったからこそ、芸能界に特にコネクションも後ろ盾もない母子が歌謡界の頂点まで、登りつめることができた、といえるのではないでしょうか。

戦後というのは、自由、希望、可能性の時代でした。
人々は、その全てを、少女ながらに並みはずれた才能を持つ美空ひばりに重ね合わせ、自らを激励するごとく、応援するようになったようです。

美空ひばりは、人々にとって夢と希望そのものだったのかもしれません。
そして、ひばりは幼いながらも、大勢の人が自分に未来を託していると悟り、夢の請負人としての責任を感じていたのではないでしょうか。



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