解説叩かれても叩かれても

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美空ひばりほどその芸能人生において、デビューの頃から何度となくバッシングを受けた人は いないのではないでしょうか。

美空ひばりDVD:昭和の歌姫「美空ひばり」思い出のあの曲を:叩かれても叩かれても まず、昭和21年暮れ、ひばりが9歳の頃、NHKの、「素人のど自慢音楽会」の予選審査での出来事。ひばりは、両親に連れられて、寒さに震えながら、でも心を弾ませながら、予選を待ってました。いざ、自分の番が来ると自信を持って臨み、「リンゴの歌」を熱唱し、両親は、娘の歌声に聴き惚れていました。しかし、いつまでたっても、合格とも不合格とも鐘がならないのです。「歌う姿が子供らしくない」、「歌は上手いが非教育的である」、という審査員の判断で結局、合格不合格が曖昧なまま、予選落ちしました。意気揚々と歌った後だっただけに、子供だったひばりのショックは相当大きかったようです。

芸能界デビュー後もひばりは、悪意に満ちた特集に憤慨することも多々ありました。「悲しき口笛」のヒットで、加藤家が新しい住居を構えた、ひばりが12歳の頃です。雑誌、「婦人朝日」で、「児童の福祉」という特集がありました。

内容は、「ラジオで聴いていると、完全に大年増の歌手としか思えないのに、舞台でみるとそんなしわがれた声がいたいけな子供の肉体から出てくるので不思議な戸惑いを感じる。こんな邪気に溢れたブキヴギを無邪気な小歌手がいとも巧妙に歌い踊る様は、われわれの敗北感を強めずにはいられない」という前文から、疲れ果てておんぶされ寝ているスナップ、サインをしているところも大人並み。 母親はそれを黙って見ているだけ。というスナップ。「退廃した大人のサルまねを、子供にさせることを、存続さすべきか否かは、観客が、客足によって定めればいいことで、法律で圧迫すべきでないだろう。しかし、児童の福祉という点から遺憾である。」という締めくくりで、ひばりの、泣きべそをかいた写真も掲載していました。

また、ひばり13歳(昭和25年)の「東京タイムス」で、詩人のサトウ八ローの記事は、さらに辛辣に書かれています。
・ブギヴギを歌う少女、消えてなくなれ。吐きそう。不気味。
・あどけなさがまるでない怪物、バケモノ。
・あれをやらしている親のことを思うと寒気がする。
・ずうずうしい子供でやりきれない。

美空ひばりDVD:昭和の歌姫「美空ひばり」思い出のあの曲を:叩かれても叩かれても 両親はこれらのバッシングに憤慨し、ひばりは相当ショックを受けたようですが、このサトウ八チローの記事を「苦しい時、辛い時は、この記事を見よう。戦う気になれるから。ここでつぶれたらこの詩人先生の思うツボ」と母、喜美枝が、成田山のお守りの中にしまいこんだそうです。

このようなくやしい事件をひばり母子は、「不言実行」として、仕事で勝つというエネルギーに変えて行ったのです。

10代は、大人の物まねがゲテモノよばわり
20代は、ファンから塩酸を浴びせられ
30代は、暴力団との関係を世間から厳しく問われ
40代は、母、弟2人を失い
50代は、再び舞台に立つ夢だけを信じて、病と戦ったが末敗れてしまう。

なんて壮絶な芸能人生なのでしょう。
ひばりは、その輝かしい立場から、嫉妬や羨望によって、何度となく叩かれて叩かれて目の敵のようにいじめられました。ファンですら、愛情があいまいなときは、手のひら返したように噂を信じ、叩く側に回ってしまったのです。

しかし、バッシングを受けているその最中でも、私は歌一つにかけてる、天下の美空ひばりなんだという耐え抜いたところに、ひばりの真の強さ、美しさがあるのではないでしょうか。

後に、サトウ八チローも、ひばり母子に謝罪しているところから、散々悪口や、批判を言ったりした人も、やっぱり美空ひばりは凄い人だと、認めざるを得なかったのでしょう。



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